暗闇の中で、美しく散る火花。
ひとかけらの炎は、どれほど苛烈であったとしても、一瞬のうちに空気に溶けていく。
その刹那の哀しさ、儚さ。
消え去るがゆえに美しい、この上なく無垢で純粋な光。
仔供はその光に魅入られるように、また新たに火を点けていく。
シュバッ、
一瞬のうちに撒き散らされる炎、闇に弧を描いて消える光。
儚くも鮮烈なその閃きを求めて、仔供はまた次の花火を手に取る。
新月の暗闇の中、この世のものならぬ何かに憑かれたようにその行為を繰り返す、
ひとりの無垢な仔供。
ああ、この火花はじぶんだ、
仔供は思う。
じぶんもいつかこの火花のように、苛烈な炎を撒いて散ってゆくのだろうか。
不安にも似たその気持ちを抱えながら、それでも魔物に魅入られた幼子のように、炎を見つめることをやめられない。
次の花火に手を伸ばそうとしたそのとき。
「こら、しんすけっ!!」
黒い霧を晴らすような、凛とした声が辺りに響いた。
暗闇の中を導く、光のようにまっすぐなその声。
「......ヅラ、」
現つ世に引き戻されたように、晋助はふと我に返る。
「ヅラじゃないかつらだ。まったく今何時だとおもっているのだ、おまえは」
そこに立っているのは、秀麗な眉をきりりと吊り上げて自分を見据えるひとりの仔供。
いつも結い上げられているつややかな髪は解かれ、肩下でしなやかに揺れている。
晋助はどこかほっとしたように、手元の花火を地に擦り付けて揉み消した。
「うるせぇ...てめーこそなんでこんな夜中におきてんだ」
「おまえによばれたような気がして目がさめた。こんな深夜に花火など、火事にでもなったらどうするつもりだ」
きゅっと眉を寄せて叱るように言い放ち、小太郎は散った花火の残骸をすたすたと片付け始める。
「な、なにすんだよ」
「ほら、なにをぼさっとしている。おまえもかたづけんか」
まったく何をやっとるんだおまえは、とか、めいわくというものを考えろ、とか、ぶつぶつと小言を言いながらも、小太郎は一人でせっせと片付けを進めていく。
その勢いにたじろぎながら、晋助はやっとのことで口を開いた。
「......おれによばれたような気がしたって、なんだよ」
「しらん。そんな気がしたからここへきた。でなければだれが深夜にそとへ出るものか」
さも当然だと言わんばかりの口調で言い切り、地面にさっさと水を撒いていく。
「これでよし。あとはあしたの朝でいいから、地面がかわいたらちゃんと自分ですすをはらっておくのだぞ」
そう言って満足げに腕を組む小太郎。その小憎らしい横顔を見つめていると、なぜか先刻までの言い知れぬ不安が嘘のように、全身に安心感が戻ってくる。
と同時に何だか胸の辺りがむずがゆくなってきて、晋助はさらさらと揺れるその黒髪をぐいと引っ張った。
「たっ、なにをするしんすけ!」
「うるせェ、ヅラのバカ、バーカ」
もぞもぞどきどきする胸のむずがゆさをごまかすように、つたない憎まれ口を叩く。
「ヅラでもバカでもないかつらだ!はなせ、このチビすけっ」
「わっ、」
晋助の手を掴んだ小太郎の手の冷たさに、晋助は一瞬驚いて手を放す。
「...めちゃくちゃ冷えてんじゃねーか、てめー。バカじゃねーの」
晩夏とはいえ、夜はすっかり秋の空気だ。薄い夜着一枚しか身につけていない小太郎の身体は、気付かないうちに随分と冷え切っていた。
「バカじゃない」
かつらだ、と反論しかける小太郎に、晋助は衝動的にばふっと抱きつく。
「わわ、」
その勢いによろめきながらも、小太郎は晋助をかろうじて抱きとめた。自分より小さいその身体は幼い暖かみがあり、冷えた身体にじんわりと温もりが広がる。
新月の暗闇の中、なんとなく2人ぎゅーっとくっついたまま黙りこくった。
どくん、どくん、
互いの鼓動が直に伝わり、息吹もまた、間近で感じる。
しばらくしてから、小太郎は何かを思い出したように唐突に身体を離し、晋助の肩に両手を置いてその眼をまっすぐに見つめた。
「な、なんだよ」
真摯な眼差しにたじろいだ晋助に、小太郎は真面目な表情で言い放つ。
「おまえ、こうやってよあそびばかりしているから、背がのびんのだぞ」
「...うるせぇ、ヅラのばかやろー!」
PR