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※この作品は性描写があります。18歳未満の方はお戻り下さい。
18歳以上の方は自己責任でご閲覧下さい。

7. the last night


「遅ェよ、」
玄関を開けるなり、帰りをひどく待ち侘びていたらしい高杉に身体をぎゅうと抱き寄せられた。
辺りはすっかり暗くなっており、月すらも今夜はその影を潜めていた。
吸い込まれるような闇に包まれた、新月の夜。
「ああ...、すまなかったな」
透明な笑みを浮かべて返す桂が、まるで今にも消えてしまいそうに思え、高杉は眉を顰める。
「...疲れてンのか?」
だが桂は答えない。少しだけ身体を離し、どこか哀しげな眼で、目の前の男を見つめた。
「高杉。...話が、ある」
「...............、え?」
面と向かって固有名詞で呼ばれたのは初めてで、突然呼ばれたそれがどうやら自分の名前らしいと思い至るまで、高杉はしばし時間を要した。
「な、何だよ、いきなり...」
いつもと違うこの状況に、高杉はひどく不安げな表情になる。それはまるでこの安全で閉じた繭が壊れてしまうような、気付きたくないものに無理矢理気付かされてしまうような、そういう予感。
「...説教なら後で聞くって。ほら、さっさと休もうぜ」
不安を振り払うように強引に奥の部屋へ引っ張っていく高杉を押し留め、桂はその隻眼を見据えた。
「高杉。...大事な、話だ。聞いてくれ」
その言葉には有無を言わせぬ強さがあり、高杉はほんの一瞬だけ、泣きそうな顔になる。
不安に怯える仔供のよう、な。
「...いやだ、」
無意識に拒絶の言葉がついて出た。桂はそんな高杉を愛しむような慈しむような瞳で見つめ、その両肩に手を乗せて、まるで獣を安心させるように、ゆっくりと額と額を触れ合わせた。

互いの表情は、もう見えない。
呼吸だけ、間近で感じる。

「...たかすぎ、しんすけ。」
その姿勢のまま、桂が突然言葉を発する。一瞬高杉の瞳が揺れた。
「お前の名は、高杉晋助、と云う」
口調は平淡だが、どこか覚悟を決めたように力強い。こうして言われるまで、高杉は今の瞬間まで自分の名前など記憶になかったことに気付く。
「...何だよ急に...ンなことどうでもいいよ、」
知りたくない、何も知りたくない。何か圧倒的な苦しみに引きずり込まれるようで、高杉は逃れるように身体を離そうとする。だが桂はさらに言葉を続ける。
「俺の名は、桂小太郎、と云う」
かつら、こたろう。その響きを聞いた途端、高杉の胸に熱くて切なくて苦しい感覚が刺さる。
そう、自分はその名を間違いなく知っている。どうしようもない熱情と共に。
「やめろ、名前なんていらねぇ」
それでもなお抗うように、高杉は叫ぶ。
いやだ、いやだ、聞きたくない。
その話の先にあるものを、じぶんはきっと、しっている。
「高杉」
「やめろ、俺とお前で充分じゃねーか。他に誰もいねぇんだ」
名前など必要ない、二人称で全てが完結する世界、それだけでいい。
これ以上何かを知ってしまうと、もう元には戻れない、どうしようもなく苦しい何かが待っているだけ。
「高杉。...世界は、2人だけで成っているわけではないのだ」
桂もまたひどく哀しげな声で、搾り出すように言葉を続ける。
名前、
それは2つの個体が別々であることを明確に定義付けるもの。
融合してしまわぬように、魂の間に境界線を引く言霊。
「このまま事実から目を背けているわけにはいかぬ」
強く切断するように、桂の言葉が薙ぐ。高杉は耐え切れずに桂をその場に押し倒した。
「やめろ、やめろ...!」
縋るような声で叫んで、無理矢理その口唇を塞ぐ。
まるで泣き喚く幼子の様な必死さで、それ以上の言葉を紡がせないように桂の口内を犯す。
着物に手を掛け、胸元を引き裂き、手を滑り込ませてその身体を蹂躙する。
「いやだ、離れるのはいやだ、いやだ」
駄々を捏ねる仔供のように、全身で訴える。

2つの魂は完全に離れることも融合することもできず、ただ切なく苦しく足掻いて。

「聞いてくれ。お願いだ、......しんすけ」
どこか哀しげに、それでも深く諭すような声で桂が囁く。強い覚悟を秘めた瞳と共に。
高杉は突如押し黙り、ゆっくりと身体の力を抜いた。

畳の上に2人重なったまま、しばし沈黙が辺りを包む。
月のない、空気さえも静かな夜。

「...俺と、お前は」
桂が再び語り始める。高杉は無言のまま動かない。
「俺達は、故郷を同じくする。...幼い頃から、気がつくといつも、一緒にいた」
それは懐かしむ口調ではなく、事実に直面するための言葉。
「俺達は同じ師の下で、生きる道を、世界の在るべき姿を、学んだ」
高杉に覆い被さられたまま、桂はじっと宙の一点を見据えて語る。高杉は何も応えない。
「ある日、俺達は大事な師を奪われた。...世界は、俺達の望む姿ではなかった」
当時の怒りを押し隠すように、桂の喉が少し震える。
高杉は桂の胸に顔を埋めたまま、それでも沈黙を続けている。
「俺達は、世界に戦いを挑んだ。生死を共に、戦った...」
そして桂は目を閉じる。次に続く言葉を口にするのが少し怖くて。

「だが俺とお前は、道を、別った」
想いを断ち切るように強く言い切り、後には沈黙が残った。
高杉は、動かない。

「...俺は、世界を、変えたいと思った」
桂が再び口を開く。その言葉に迷いはない。
「おまえは、世界を、壊すと言った」
でも次の言葉は苦しくて、少しだけ語尾が震えた。
搾り出すように、桂は最後の言葉を紡ぐ。

「俺は、おまえを、斬ると言った。」

これが、2人の間にある事実。
高杉の尖った肩が、一瞬だけ揺れた。

月のない空は、どこまでも深く暗い。
まるで時が固まったかのように、どちらとも何も言わず、身じろぎもせず。
2人の間に横たわる溝の、厳然たる深さがそこにあった。



どれほど時間が経ったのか分からない。
ふいに強い力で抱き締められ、桂の息が止まる。
「ッ、」
喉が鳴ったところをさらに強く組み伏せられ、圧倒的な熱量でその行為は始まった。
どうしようもない乱暴さに隠された、狂うほどの愛と憎しみ。
骨ばった指が攻め立てるように蹂躙し、確実な熱を引き出していく。
「は、は、ぁ、」
混ざる呼吸、滲む汗。
まるで何かに抗うように、2つの身体が絡み合う。
「ッ、ぁ、あ、あ」
言葉が出ずに、ただ喘ぐだけが精一杯。嵐のような激しさで、熱が体内を暴れ抜く。
全てを刻み込むように。
全てを刻み付けるように。
言葉は何も交わさないまま、激情の渦に2人引きずり込まれていった。





あまりに激しい交わりに、身体はもはや動かない。失いそうな意識を必死に留め、桂はその瞳を隻眼に向ける。
「お前...、記憶が...?」
高杉は答えない。視線を逸らし、無言で桂の髪を梳いた。
「高杉......!」
どんな表情をしていればよいのかが分からない。ただ繋ぎとめるように、桂はその名を呼んだ。
「......記憶を、」
しばしの沈黙の後、独り言めいて高杉が呟く。
「記憶を失って、それでお前は俺をどうするか、知りたかったんだろなァ...」
着物を羽織って立ち上がり、窓際に身を寄せる。
見上げた先は、月のない空。
「ヅラァ、やっぱりお前は甘ちゃんだよ。俺を殺るいいチャンスだったのになァ」
おかしくてたまらないといった風情で、クツクツと笑う。
その声からは先刻までの幼さが消え、一人の男が、そこにいた。
「俺を斬らなけりゃ、世界を壊しちまうぜ?」
真面目なのかふざけているのか分からない口調で、高杉が桂の方を見る。
桂はその視線をまっすぐに受け止めた。
「俺はお前を、止めてみせる。絶対に」
返す瞳は強く、深い。
しばし見つめ合い、先に視線を逸らしたのは高杉の方だった。
「...そうかい。だが俺は、てめェみたいに甘くねぇぞ」
低い声で言い、玄関の戸に手を掛ける。
桂はその背をただまっすぐに見つめる。
高杉は最後にもう一度振り向いて、
「ヅラ。俺は、世界を、壊す」
ぴしゃり、そして戸は閉まった。

後に残ったのは、暗闇と静寂。

「...それでも」
桂は痛みの残る身体を起こし、窓の外の黒い空を見上げる。動いたせいで一瞬掠めた高杉の残り香が、じんと身体を疼かせた。
よぎるのはここ数週間の甘く優しい記憶。
少しでも気を緩めると、泣いてしまうかもしれない。
きゅっと着物を握りしめ、覚悟と決意を確かめるように、桂は一人、呟く。


「それでも、俺はお前を止める。絶対に」



 

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