コポ、コポ、
コーヒーメーカーの音と、朝の柔らかな光。風に揺れる、白いカーテン。
「ぅん...」
桂は重い瞼を微かに開け、小さく伸びをする。
「起きたのか」
近づいてくる、コーヒーの匂いを纏わせた男。
桂はまだ痛みの残る身体を反転させ、拗ねたように白いシーツを被った。
「...起きてない」
河上はベッドに腰掛け、そっとシーツをめくって顔を覗き込む。
「では、起こしてやろうか?」
耳元に口唇を近づけて、そう言う声は、甘やかすように優しい。
6月26日、火曜日。
手首には、昨晩の長く激しいセックスの痕が痛々しく残っている。
制服のネクタイできつく縛られて、ひたすら弄られ、煽られ、喘がされ、
未だ快感に慣れない身体に容赦なく施される、拷問のような焦らしの果てに、
6月26日の時間を全てゆだねることを結局強引に承知させられてしまった。
時間を全てゆだねるということは、もちろん学校に行ってもいけないわけで、
バカがつくほど生真面目な桂としては、ズル休みなんてできるかと全力で抵抗したものの、
狂いそうなほどの焦らしに翻弄されて、成す術なく陥落。
だけど時計の針が0時を越えると、激しかったセックスが途端に甘く穏やかになって、
麻薬のような快感を、ゆるくやさしくいつくしむように、時間をかけて与えられ、
気が遠くなるほどの愛撫の中で、何度も何度も相手の名を呼んだ自分。
昨夜の恥ずかしい記憶が頭の中を次々とよぎり、思わず顔が赤くなった。
「もう少し、寝ているか?」
そんな桂とは逆に、涼しい表情をした河上。いたわるように黒髪を梳き、シーツの上から肩を撫でる。
「...うるさぃ」
桂は顔を隠すように、さらにシーツを深く被った。
いつもなら、とっくに登校している時間だ。一時限目はもう終わっただろうか。
今日の授業は何だったかな、と思いを巡らせていると、それに呼応するかのように、突然バイブ音が部屋に響いた。
「...そろそろ、優等生の異変に気付いたか?」
桂の鞄を勝手にまさぐり、白いぬいぐるみのぶらさがった携帯を取り出して、河上が面白そうに呟く。
「担任からのようだが...俺が出ようか」
「ばっ、やめろ!」
慌ててがばりと起き上がり、河上の手から携帯を奪い取る。だが受話ボタンを押そうとして、桂ははたと手を止めた。電話に出て、それで一体どうすればよいのか。嘘はつけないし、かと言って正直に言うわけにもいかないし、何よりズル休みをしているという罪悪感で、胸の辺りがむずむずとする。
「どうした、出ないのか?」
無言で携帯を見つめたまま固まってしまった桂に、河上の腕がいつの間にか絡む。
携帯を握る指を解かれ、ベッドの上に放り出され、桂もベッドに押し倒されて、
「んん...っ」
口唇を重ねられ、舌が歯列を割って入り込んできた。
「ん、ンっ...ぅ」
ヴィィィン...ヴィィィン...
規則的なバイブの音が鳴り止まぬ中、ねっとりと絡められる濃厚な口付けが、身体を熱で侵していく。
携帯電話の向こう側に、自分を案じる教師の存在。
罪悪感と恥ずかしさが掻きたてられ、だけどどこかスリリングな高揚感があるのも、理不尽だけど、事実。
かなり長いこと鳴っていた音がようやく途切れると、銀の糸をひいてそっと口唇が解放された。
「っは、ぁ...」
少し乱れた息を整えようと桂が大きく空気を吸った瞬間、
ヴィィィン...ヴィィィン...
再び携帯が振動し始め、ドキンと心臓が鳴る。
「随分と、心配されているようだな?」
からかうような眼で覗き込む河上の顔が憎らしく、桂は罪悪感を散らすように、つっけんどんに言葉を吐いた。
「お前、最悪だ、ほんと」
「だが、約束は守ってもらうぞ?」
今日一日の、時間を全てゆだねること。
キッチンからは、ドリップを終えたコーヒーの匂いが、こうばしく広がってきていた。
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