俺の生い立ちは、複雑なようで結構単純だ。
一番古い記憶は、真っ赤な世界の中で俺を蹴り飛ばし踏みつける誰か。
涙と血が混じってぐちゃぐちゃになった視界の中で、その大人は、確か笑っていたと思う。
幼い頃、俺にとって世界は、俺を迫害するもの以外の何物でもなかった。
世界から与えられるもの、それは底知れない痛みと恐怖。
非力な俺はわけも分からずにただうずくまり、世界とはこういうものだと、おもっていた。
そうだ、復讐しよう。
初めてそう思ったのは、幾つのときだったか。
恐怖の次に覚えた感情、それが怒りと憎しみ。
無論、その頃は復讐なんて言葉を知らなかったけど、幼い俺の中に生まれたその原始的な感覚は、地獄のような日々の中、唯一生きる力になっていた。
ある日、警察やら何やらが踏み込んできて、俺は孤児院に身の置き場を移すことになった。
左眼が潰れた俺を、子供達は勿論、大人でさえも気味悪く見ていたものだ。
そうして数年が過ぎ、8歳になる年に、孤児院が潰れることになった。
その頃には俺はこの上なく難しい子供になっていたし、おまけに片目だったから、貰い手なんてつくはずもなかった。
ひとりのバカを除いては。
『今日、俺がここに来た意味がわかった...』
奇想天外摩訶不思議、超ド天然で無防備な絶世の美人は、俺を見るなりこう呟いた。
『俺はきっと、おまえに、逢いに来たのだ』
まったく、初対面の子供にクソ真面目な顔で何言ってんだか。
思い出すと今でも笑える。あいつはしょっぱなからワケわかんない奴だったよ。
でもとにかくそのとき俺は、その深い水のような眼差しに吸い込まれるように近づいて、本当に、本当に生まれて初めて、自分から人に触れたいとおもったんだ。
拒絶されたらどうしよう、と怯えながらも、動物的な直感で、俺にはこの人しかいない、と、しがみつくような気持ちで震える手を伸ばした。
世界のすべてに敵意を抱いていた俺が、なぜそんな行動に出ることができたのか、今思うとよく分からない。
だけど、恐る恐る伸ばした小さな指先に、そっと伸ばされた細くしなやかな指先が触れた瞬間、
このひとは、俺に、生きる世界を与えてくれるかもしれない。
幼い心で、そうおもった。
だけど物心ついたときから俺のこころを支配してきた感情は、そう簡単に消えるものでもなくて。
夜中、恐ろしくて飛び起きて、俺は恐怖に打ち震え、声の限りに叫んで喚いて、
そんな俺に伸ばされた手を、自分に危害を加えるものだと思い込んで、力の限り噛み付いて、
でもそうするとその手はきっと俺にさらなる罰を与えてくるだろうと思って、俺はもっと怖くなって、
噛み付いたままがむしゃらに暴れ、泣いて震えて、怯えて怯えて怯えて怯えて、
でも、俺が噛み付いたその手は、いつまでたっても俺に危害を加えることはなく。
きっとすごく痛かっただろうに、俺に噛まれたまま振り解こうともせず、
もう片方の手で、パニックに陥った俺をしっかりと、強く強く抱きしめて、
だいじょうぶだよ、晋助。もう、何も、こわくないんだ。
深く優しく穏やかな声で、俺のための言葉を何度も落としてくれた。
俺の暴れる力はものすごかったけど、俺を抱く手のその一回り外から、そいつを抱きしめる別の大きな腕があって、俺は二重の守りの中で、少しずつ心を取り戻して。
でも口の中に血の味を認識すると、今度は一気に罪悪感でいっぱいになって、
俺は自分を包んでくれる腕に噛み付いて血を流させたんだ、と思うと目の前が真っ暗になって、
息が出来ないくらいの自罰感にとらわれて、狂ったように自分の頭を叩いて叩いて、死にそうなくらいの破滅感にまた泣き叫んで、
だけど、そんな俺を、その腕は強くあたたかく包んで、何度も何度も頭をなでて、頬にキスをして、
あいしてるよ、晋助。俺を選んでくれて、ありがとう。
あいつは確かにそう言った。
まったく、あいつはバカだよな。何、考えてんだか。
だけど俺の世界の在り方を変えてくれたのは、紛れもなく、小太郎なんだ。(ついでに銀時)
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