※この作品は性描写があります。18歳未満の方はお戻り下さい。
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7.
先刻までの激しい交わりが嘘のように、部屋は穏やかな静けさに満ちていた。
よほど疲れていたのだろう、桂は糸が切れたように深い眠りに落ちている。
情事の後、金時は気を失った桂の身体を丁寧に湯で拭き、柔らかなガウンを着せ、暖かな羽布団でそっと包んでやった。
ぐったりと眠り込んでいる桂の寝顔は無防備で、先刻までの淫らな姿が想像できないほどに清らかであどけない。
この街に生きる者はどこか表情に隠せない歪みが生じるものだが、あれだけ身体に快楽を覚えこまされていても、桂の魂はまったく穢されていないように金時には感じられた。
桂は結局、大事なことは何一つ話してはいない。分かったのはその極めて頑固な性格と強く気高い心、それに反し隅々まで淫らに調教されている身体。
闇市でのアナウンスの通り、商品としては確かに“一級品”なのだろう。欲に塗れた者達がこぞって自分のものにしようとするのは想像に難くない。
だが、桂がただの男娼でないことは明らかだった。人身売買はこの街では少しも珍しいことではないが、闇市でのあの売られ方は通常では有り得ない。
商品目録に載っていなかったこと、最後に出品されたこと、あえて辱めを受けさせる形での売り方だったこと、強い薬を打たれていたこと。一介の男娼としては解せない点がいくつもある。ただの男娼ならば通常の競りにかければよいものを、闇市でのあの売り方は本人に恥辱を与えることが目的だったように金時には思えた。
だが闇市には闇市なりのルールがあり、本来商品目録に載っていないもの、つまり事前に競りを予定されていない商品は出品することはできないはずだ。しかも桂に取り付けられていた発信機はかなり高精度のもので、どこへ売られていっても居場所がすぐに確認できる、つまり売った後でも容易に桂を取り戻すことができるという仕掛けとなっていた。
(随分とまァ、悪趣味な趣向で...)
理由はともかく、闇市のルールを簡単に曲げることが可能な人物となると、かなりの大物に限られてくる。
(ならば桂は、組織の重要人物の情人、か...?)
だがあのプライドの高さと気の強さで、そんな状況に桂が甘んじるものか、どうにも不可解だ。組織から逃げ出したいなら例えば身の上話でもして金時を上手く利用すればよいものを、桂の態度からはそんな様子は微塵も感じられない。
(たすけて、て言ってくれたら、全力でがんばっちゃうんだけどな、俺...)
思わず浮かんだその考えに、金時は自ら苦笑した。仮にも表向きはホストである自分が、誰かにこんなふうに心奪われるなんて。
初めは情報を得ようとか手間賃を取ろうとか、不埒な考えがなかったわけではない。
だがそれ以上に、金時はこの短い時間に触れた桂という存在の全てに、すでに強く惹き込まれていた。
ひどく強い警戒心、のくせにうっかり名乗る無防備さ、かと思うときつい眼差しで睨みつけてくる気の強さ、それでも触れられた途端に熱く蕩けていく身体、だがどんなに犯されても決して損なわれない気高さ、なのに眠りについた顔のひどくあどけない様子。
昏々と眠る桂の口唇に、金時はもう一度、柔らかな口付けを落とした。
穏やかな時間を切り裂くように、突然鋭い銃声が響く。さらにもう一発。次の瞬間にはドアが破られ、黒装束の男達が部屋に踏み込んでくる。
そのとき既に金時の銃の照準は定まっていた。パン、パン、数発の乾いた音。
「うぐァ!」
鈍い呻きと共に数名がその場に倒れ伏す。全員眉間を一発、しかしその後ろからさらに数名が侵入してくる。
「がァッ、」
だが今度は金時が引き金を引くより先に男達が倒れた。後ろを振り返るとそこにはベッド上で短銃を構えた桂の姿。立てた片膝がガウンの間から覗く。
「...お見事」
金時はヒュウと口笛を吹いた。いつの間に抜き取られたのか、金時の懐から短銃が一丁消えている。
「戯れは後だ...。まだ、来るぞ」
「だろうね」
じゃあ逃避行といきますか、金時は楽しげに呟いて、桂をぐいと抱き寄せそのまま窓から飛び降りた。同時にロープを剥き出しのダクトに引っ掛け、反動を利用して隣のビルの窓に体当たりする。
バリィィィン、派手な音を立てて金時と桂は部屋に突っ込んだ。既に廃屋となっているそこは何もなく、コンクリの壁がひんやりと佇んでいる。
「...ルパンか貴様...無茶しおって」
「まあ、結果オーライってことで」
金時は桂を助け起こし、再びその身体を軽々と抱き上げた。
「さあ逃げようか、お姫様?」
「お姫様じゃない桂だ!離せ、自分で走れる」
「裸足でか? いいから大人しくしてて、ね」
なおも不服そうな顔をする桂の口唇を強引に奪い、舌を深く絡め取る。
じたばたする白い手足が一瞬止まった隙に、金時は再び夜の街を駆け始めた。
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