「おはよう晋助、そろそろ学校へ行く時間だろう?制服はどうした」
昨夜さんざん抱かれたせいでいつもより起きるのが遅れた小太郎が、リビングへ入ってきて開口一番、愛しい伴侶の俺より先に私服姿の息子に声をかける。
甘くカッコイイ祝いの言葉を用意していた俺が立場をなくして突っ立っているその脇をすり抜けて、晋助はまだパジャマ姿の小太郎にがっしと抱きついた。
「こたろー、お誕生日おめでとう!今日は一日ずっといっしょにいてやるからな!」
「あっバカ!俺より先に言うなコノヤロー!」
「子供に向かってバカとは何だ銀時!晋助、ありがとう。気持ちは嬉しいがな、学校には行っておいで」
俺に鋭く言葉を放ってから、晋助の頭を優しく撫でる小太郎。晋助はますます嬉しそうな顔で小太郎に抱きつく。チクショー、でも銀さんはあんなことやこんなことを小太郎としてるんだもんね、と昨夜のことを負け惜しみのように思い出してから、俺は自分に注意を向けるべく咳払いをひとつ。
「小太郎、いいんだよ。晋助はもう休む連絡はしてある。今日は俺も仕事を入れてない。つまりだな、俺達からのプレゼント、今日一日家族団欒だ。固いこと言わずに、受け取ってくれや」
そう、小太郎の望む一番のプレゼント、それは家族3人でいっしょに時間を過ごすこと。
この春から中学に進学し帰りも遅くなってきた晋助、探偵という自由業ゆえに生活が不規則な俺。俺の仕事を補佐する小太郎も、俺とは違う動きをするから、一緒にいられる時間はそうはない。家族で過ごす時間がほとんどないことを、小太郎は内心悲しく思っていたに違いないのだ。
俺の言葉に最初は戸惑った顔をした小太郎だったが、俺と晋助の顔が大マジなのを見て、困ったように小さくため息、それでも頬が少し赤らんでいる。付き合いの長い俺には、小太郎がものすごく嬉しがっているということが手に取るように分かった。
「誕生日おめでとう、小太郎」
ベッドの中で何度も甘くささやいた言葉を、朝日の下でもう一度贈る。小太郎はしかめっ面をやわらげ、はにかみながらゆっくりと笑った。
「ありがとう、銀時、晋助」
その笑顔はとても幸せそうで、俺は心から嬉しくなる。
この3人の中で、唯一まともな家族をもったことがあるのは小太郎だけだ。そのせいか、小太郎は俺達に家族の暖かさ、優しさを与えようとどこか必死なところがある。こいつはいつだって、俺達が幸せな家族であることを、心から望んでいるんだ。
俺は小太郎の愛しい笑顔を見つめながら、何度となく迎えてきたこいつの誕生日と、これまで共に過ごしてきた長い長い時を想った。
俺と小太郎の始まりは、それこそ物心ついた頃からだ。
俺の一番古い記憶は、孤児院の片隅でうずくまっている俺に手を差し伸べる小太郎の姿。
ああ、俺はこいつとならば生きていけるかもしれないと、幼い心で強く感じたのを覚えている。
俺と小太郎は、同じ孤児院で育った。俺は捨て子だったが、あいつの両親は事故死だったらしい。
孤児院での辛い日々の中、お互いだけが、世界の全てだった。幼い頃2人で過ごした濃密な時間は、今の俺達を形作っていると言っても過言ではないだろう。
だが、11の春。別れはあっさりとやってきた。
小太郎は養子を求めて来たとある老夫婦に気に入られ、そのまま引き取られていってしまった。あいつは俺を置いて行くことなどできないと最後まで泣きじゃくっていたが、所詮は非力な仔供。そうすることが小太郎のためだと言って、大人達は俺達を勝手に引き裂いていった。俺はこの世が破滅するほどの絶望的な気持ちで、大人に手をひかれながら何度も何度も振り返る小太郎を見送った。
それからの数年間、俺は孤児院、小太郎は遠く離れた地で幸せな家族を。どこか遠慮しながらも、暖かい老夫婦との暮らしはそれなりに幸せだったのだろう。あいつは俺のことだけがずっと気がかりだったらしい。
そして、13の冬。
ある事情から2年ぶりに再会した俺達は、その夜に初めて身体を重ねた。震える小太郎をなだめつすかしつ、まあほとんど強姦みたいなものだったんだろう。2年前と比べて随分マセた俺の豹変振りに怯えつつも、最終的にあいつは、俺を受け入れてくれた。
それから小太郎は月に1回、どんな無茶をしてでも必ず俺のもとへ帰ってきた。あいつがいない間にすっかり荒んでいた俺を、決して見捨てないというように。
正直、あいつが戻ってきていなかったら、俺はお天道様の下では生きていられなかっただろう。小太郎を失ってからすっかり心を閉ざしていた俺は、この世の裏で生きる連中との付き合いを覚え、犯罪の下請け的なことをやっては小遣いを稼いでいたんだ。道を外しかけた俺を救ったのは、あいつだった。
15の冬。小太郎の養父母が、相次いで亡くなった。
もともと祖父母と言っていいような年齢の夫婦だったが、ようやく手に入れた家族をたった4年で失った小太郎の傷は大きかっただろう。だがあいつは気丈に振舞い、通夜も葬儀も立派に済ませ、人前では一粒も涙を見せなかった。
全てが終わった後、空っぽになった古い家屋の、部屋の隅で、静かに佇むあいつは今にも消えてしまいそうに見えた。
俺は、俺が小太郎を救えるのは今しかない、と思った。俺はいつも小太郎に救われてばかりだった。今度は俺が、こいつを救う番だと思った。
「泣けよ」
俺はあいつに言った。
「俺がお前の、家族になる。俺がお前を、全力で守る。絶対にもう、悲しい思いはさせないから、今だけは、泣け」
滅茶苦茶だが、今思えばそれが俺の、プロポーズだった。
年が明けて、15の春。義務教育を終えた俺は、孤児院を出、小太郎と2人で暮らし始めた。
小太郎は養父母の遺産と奨学金で高校へ進学。自分も働くと言って聞かなかったが、勉強の出来た小太郎の進学は養父母の願いでもあったから、最後は俺の説得もあって進学を選んだ。
あいつが高校へ通う一方、俺は自分のツテを使って仕事を始めた。法に触れるようなことは小太郎が悲しむからしなかったが、すれすれのことは結構やっていたと思う。15の若造が生きていくには、世間は生易しいものではなかったのだ。
18の春、小太郎が高校を卒業すると同時に、俺たちは探偵事務所を開いた。
その頃はまだ2人とも未成年だから、仕事を取ってくるのも一苦労。俺のツテから少しずつ仕事を流してもらい、何とか2人でやってきた。小太郎を変装させては調査先へ忍び込ませる、なんてことも何度あったか知れない。その度に俺は、こいつを危険な目に合わせる自分を嫌悪したものだった。
そうしてがむしゃらに働いて、仕事がどうにか軌道に乗ってきたある日。俺たちの耳に、孤児院がなくなるという噂が入った。
俺にとってあの場所は忌まわしい記憶のほうが多かったが、律儀な小太郎は一人でなくなる寸前の孤児院を訪れたらしい。
そして連れ帰ってきたのが、当時8歳になったばかりの晋助だった。
「今日から、俺たちの子だ」
そううれしそうに言う小太郎。家族のかたちは、こうしてできあがった。
「こたろー、お誕生日ありがとう」
「バーカ、テメーがお礼言ってどうすんだよ。おめでとうだろ」
「うるせぇ、いいんだよ。こたろがこの世界にいてくれて、おれは本当にうれしいんだ。ありがとう、こたろ」
小太郎に纏わり付いて離れない晋助と、小太郎の、幸福そうな笑顔。俺はやれやれと思いながら、晋助ごと小太郎を抱きしめてやる。
「俺も。ありがとう、小太郎」
耳元でそう囁く。少し頬を朱に染めて、小太郎は心からの笑みを俺に返した。
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