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「さ、さかもと...っ」
「なぁん?」
穏やかな声でのんびりと応じる坂本の、その手はしかし桂をがっしりと捉えて放さない。
突然握られた手首と抱き寄せられた背、近付けられた唇、あたたかな眼差し。
うろたえておどろいて目が泳いで口がぱくぱくして、その様を坂本はいとおしそうに目を細めて見つめている。
「さかもと...、」
「なぁん?」
もう一度名を呼ぶと、さっきよりももっとやわらかな音で返事が返ってきた。でもその目つきはガラにもなく真面目で、どこか切なそうで。
掌のあたたかさが制服の上からでも分かる。いつ唇を奪われてもおかしくない程の距離。
「さ、さかも...」
「のぅ、こたろう、」
動揺しまくっているのだろう、名前以外の言葉が出てこない桂の後頭部をそっと撫でて、坂本が穏やかな、でも芯の強い声でゆっくりと述べる。
「キスするが、えいか」
「え、わ、ま、」
言われた台詞にすこぶる慌てる桂の、そのくちびるが次にだめだと模りかけるのを感じ取り、坂本は瞬時に自分の感情を封じ込めた。
「なーんての、うそじゃよ」
ニカリと大きな笑みを浮かべ、小さな頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「すまんすまん、あんまり可愛いきにからかいとうなってしもた。許せ」
「...ッ、坂本貴様っ!」
顔を真っ赤にして怒り出す桂にアッハッハッハと笑いを返し、坂本はコンクリートの上に仰向けに寝転がった。校舎の屋上から見えるのは、空を漂う白い雲。
「のぅ、こたろう。今度おんしの家に遊びに行ってもええか?」
「へ?」
怒っているところに突然話題を変えられ、桂は思わずとぼけた声を返してしまう。坂本は悪戯っ子のような目をくりっとさせて桂を見返した。
「銀時、ちゅうんに、わしも会うてみたいぜよ。こたろうの大事な家族なんじゃろ?」
いつも桂が楽しそうに話して聞かせるのは『銀時』の話題がほとんどで、おそらく『銀時』は桂にとってかけがえのない存在なのだということが坂本にはよく分かっていた。
雑多な高校生群の中で際立つ美貌と孤児特有の毅然とした立ち姿を持ち、入学当初からどこか近寄りがたい雰囲気を纏わせていた桂が、高校生活の中で唯一心を許したのが自分である、と坂本は思っている。
金持ちのボンボンと孤児の奨学生、という一見ちぐはぐな取り合わせだが、裕福な家に育った者特有の大らかさと人懐こさが桂には心地よくあるらしく、初めこそ邪険に扱われはしたものの、桂は次第に坂本といることを好むようになった。
そんな桂が最も素を見せるのがこの『銀時』の話題で、怒ったり笑ったり、ときには泣いたりしながらも、坂本に同居人のことをあれこれと話して聞かせる。
生き生きと話す桂の様子を好ましく思い、また小太郎にそんな顔をさせる『銀時』に自然と関心が湧き、そしてどこかで、羨ましかった。
「...そうだな、実は銀時も坂本に興味をもっているようなんだ。俺の友人になるなんてどれだけ無謀な奴だとか言うんだぞ、全く無礼な男だろう。だがきっとお前達は気が合うぞ、そう言えばどこか似ているな、その天パとか」
先刻のキス未遂事件がなかったかのようにガラリと嬉しそうな表情をして、桂は次々と言葉を並べていく。
銀時の次の休みはいつだったとか、何なら夕飯を食べに来るといい銀時は意外と料理がうまいんだとか、くるくると回る瞳は本当に楽しそうで、その様子に坂本は、自分の切なさにそっと封をして胸に収めた。

 

 

 

 

「ほーぅ、おんしが金時かー」
「ちげーよ銀時!オイ小太郎、何だこの失礼な黒い毛玉は!」
「毛玉じゃない、坂本辰馬だ。よく話して聞かせているだろう。ほらちゃんと挨拶しろ銀時、失礼なのはお前だぞ」
「...どーも。ウチの小太郎が、世話ンなってます」
いきなり所有権を主張するようなその挨拶文句に、坂本は思わず笑い出してしまった。
 

互いに桂から話をよく聞かされていたせいだろう、初対面にも関わらず、打ち解けるのは早かった。
居間のちゃぶ台を3人で囲み、銀時特製の鶏団子鍋と坂本の持参した菓子や飲み物を前に、同い年の3人が馴染み合うのは最早時間の問題で、何だかんだと馬鹿なことを喋っては笑い合い小突き合い、気がつくとすっかり夜が更けていた。
同年代の人間とこうして時間を共有するのは銀時にはかなり稀な経験だ。友人を紹介したいんだ、お前もきっと好きになると思う、そう言って桂が連れてきた初めての客は、未成年が2人きりで住んでいるこの家独特の空気にいともあっさりと馴染んでしまった。
持って生まれた気質なのだろう、まるで大きな犬のような温かさと人懐こさは、あの桂が気を許しただけのことはある。
絨毯の上で早々に眠り込んでしまった桂に毛布をかけてやりながら、銀時は改めて、この珍客について考えた。
「さてと...。アンタ、何か飲む?せっかく持ってきてもらったし」
おもむろに冷蔵庫を開け、坂本の持参したビールや酎ハイの缶を取り出して見せる。小太郎は未成年の分際でとんでもないと飲むのを許してくれなかったが、ほうじゃの姫君も眠ったことじゃしと、坂本は悪戯っぽく笑った。
「...コイツ、高校ではどう、うまくやってんの」
イチゴ酎ハイのプルを開けながら座り込み、銀時が無造作に尋ねる。坂本もビールの缶を手にし、カチリとプルを開いてから頷いた。
「おう、本人は全く気付いとらんようやがの、隠れファンは多いぞー。ファンクラブでもできんばかりの勢いじゃ。こりゃあ、学年上がったら一緒に生徒会なんぞやると面白かろうのぅ」
「ファン、ねえ...」
ぐびりと缶を煽った坂本の姿を横目で見ながら、銀時は今日の初めからずっと心にあった一言を口にする。
「で、アンタは小太郎の何?」
一瞬放った視線は威嚇するように鋭い。坂本は笑みでそれを受け止め、次に目を見据えて珍しく真面目な口調で答えた。
「...友達じゃよ。ほんに、友達じゃ。おんしは何も心配せんでええ」
それは手負いの獣を諭すような、深く真摯な言葉。自分の気持ちを幾重にも包装して心の深くに沈め収めている、そんなことは微塵も感じさせない、友達を思うがための言葉。
「わしゃ、おんしから小太郎を取ろうなぞ思っちょらん。安心しとおせ、わしはおんしらの築いてきた繭を壊すようなことは絶対にせんよ」
熱いぞヤケドすんなよと言って取り分けた鍋の具を少しふうふうしてから桂に渡してやる銀時、手製の鶏団子を口にして今日のはいつもよりいい匂いがするとはふはふしながら言う桂、おう気付いたか今日は隠し味にコンソメ入れてみたんだと嬉しそうに応える銀時、口いっぱいに頬張ったままそうかさすが銀時と言いかけて喉に詰めかける桂、その桂の背をとんとんと慣れた手つきで叩き水を飲ませてやる銀時。
そのやりとりをにこにこ笑いながら見ていた坂本には、この2人が今までどれだけ魂を共有して生きてきたかということが痛いほどに分かった。
「ほんにおんしらは寄り添い合って生きる仔猫みたいなもんじゃのう、金時」
そう言って真面目な表情から一転、大きくニカリと笑ってみせる。
「それにおんしのことも好きになったきにのーわしゃあ」
「そ、そりゃどーも...」
よく晴れた空のような坂本の笑みに毒気を抜かれ、銀時は頭をぼりぼりと掻いた。
「それと、金時じゃねーって何回言わすんだ、この黒モジャ」
「アッハッハッハーこりゃ手厳しいわい」
笑う坂本に安心したように、銀時は眠る桂の髪をそっと撫ぜる。そのうち互いに向けた言葉が照れくさくなってきて、銀時と坂本は2人どちらともなく笑い出した。
「ほれ、酒がまだこんなにも余っちゅう。おんし酒は飲めるんかの?」
「おうよ。特に甘系なら任せとけ」
幸せそうに眠り込んでいる桂を起こさぬようヒソヒソ声で、男2人の酒盛りが始まる。
「のぉ金時。また、ここへ来てもええかの?」
「銀ね銀。いいんじゃねーの?でも手ぶら禁止な」
新たな缶を開け、この夜にかんぱーいと、2人の青年は小さな声で友情の始まりを祝福した。
 

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「こりゃまた、随分と思い切ったイメチェンやのー」
サングラスを外して開口一番、その男は短髪の桂を前にからからと笑った。
「貴様、人の髪型を見て笑うとは何事だ」
「いや、かわええよ。気に入らんのならまた伸ばせばいいき」
何がそんなに楽しいのかと思うくらいの明るい口調で、坂本は桂をがばりと腕に収める。
「傷によう効く薬を持ってきたけの、風呂上りに塗るとええよ」
「......さすが、耳が早いな」
紅桜の一件は、無論坂本の耳にも入っているだろう。一瞬しらを切ろうかとも思ったが、快援隊の情報網は宇宙規模だ。観念した桂は腕の中でそっとため息をついた。
「のうヅラ、湯治を兼ねて、しばらくワシんとこに来んか?勿論エリザベスも連れてきてえいぞ」
のんびりと髪を撫でながら、底抜けに明るい、そしてどこか慈しみを含んだ声で坂本が言う。
この男はいつもそうだ。傷に直接触れるようなことは何も言わず、痛みや悲しみごと全部包むような慰め方をする。
「党が大変なときだ。皆を放っておいて自分だけ休んでいるわけにはいかぬ」
「ほうか...。残念じゃの」
その頑なな答えを最初から予想していたのか、坂本はあっさりと折れた。労わるように髪を撫でていた手で桂の後頭部を包み、自分の肩口に寄せる。
「...のう、ヅラ?」
「ヅラじゃない」
「ワシぁ、おんしが泣くところはあまり見たくないんじゃが」
桂の身体をがっしりと抱き寄せて、坂本がゆっくりと呟く。
「泣きたいときには、泣いてほしいとも思っちょる」
「ああ、分かっている」
桂もまた、穏やかに応える。
「だが大丈夫だ、何も心配はいらん。高杉は俺が必ず止める。お前は安心して宇宙を航海しておれば良い」
そう言う声は、優しく力強い。自分が地上に捨て置いてきたものの重さと桂の背負うものの大きさを改めて思い、坂本は何も言わずにその小さな頭をゆっくりと撫でた。

プラトニックな関係は、もう卒業、したいんだけど。


『好きだ』
それはもう半年以上も前のこと。
夏の終わりの夕暮れに、海に向かって力の限り叫んだ自分と、隣で少し頬を染め、ややあってゆっくり頷いた桂と。
想いは通じたはずだけど、きりりと凛々しい瞳に声にいつもどこか気後れし、強引に奪うことも押し倒すこともできないまま、未だ友人同然の関係で現在に至る。
桂の傍にはいつも目つきの悪い幼馴染がいて、桂はそいつの勉強を看るのにかかりっきりになっていたし、自分は自分で大抵剣道部の連中に囲まれていたから、学校で二人になれることなどまずないと言ってよかった。
ただ一度だけ、陽の傾いた放課後の教室で、二人きりになったことがある。
普段触れられない反動もあり、そこが教室だということも忘れて桂の腕を抱き寄せて、その口唇を奪おうとした、けれど。
『今俺達のなすべきことは、そんなことではないだろう』。参考書片手にすげなく言われ、文字通り玉砕。
このときほど受験生の身分を呪ったことはなかった。


そして、春がやってくる。
卒業までにキス、したかった。どうしても。


「桂。話がある」
卒業式前の登校日。昼までで終わった授業の後、桂が帰ってしまう前に意を決して声をかけ、半ば強引に腕を引き学校の裏の丘まで連れて来た。桂はどこかきょとんとした表情で、それでも俺に引かれるままについてくる。
丘の上まで登り、少し乱れた息を整え、意を決した俺は改めて桂に向き直った。
「...桂、」
名を呼ぶ声は、少し掠れてしまう。顔を上げると黒い瞳がこちらをまっすぐ見つめていて、俺は思わず視線を宙に泳がせた。
二人きりという状況と、これから自分がしようとすることと、あまりの鼓動の高鳴りに、もはや桂を正視できない。それでも想いは募るばかり。ああ、くそったれ。
覚悟を決めた俺は桂から一歩離れ、ごくりと喉を湿らせて、力の限り、空に叫んだ。

好きだ、好きなんだ。大好きだ。

全身全霊で想いを吐き出し、その勢いで細い身体にがばりと抱き付く。ふわり、髪の匂いが揺れた。
どこかで鳥の鳴く声と、まだ少し冷たい風、やわらかく射す太陽。

しばし沈黙が続き、少し不安になって腕の力を緩めると、桂の真摯な表情と視線がぶつかった。
「土方、」
桂は抱きつかれたまま、そっと口を開く。ドキン、心臓が鳴った。
桂はしばし俺を見つめ、やがて信じ難い言葉を紡いだ。

「貴様が海と空が好きなのは分かった。だが、俺に抱きついてどうする」

そう言う表情は、しごく真面目。
土方は世界が足元から崩れ落ちるような感覚に襲われた。

(あああああそうか...夏の告白からしてまっっったく伝わっていなかったのか...)
好きだと叫んだからと言って、一体どこの世界に海や空に告白をする人間がいるというのか。桂の感覚がどこか普通と違っていることは分かっていたが、甘かった。
この半年の自分の悶々は一体全体何だったのだろう、泣きたい気持ちになりながらチラリと桂を見遣ると、こちらを心配げに覗く視線とぶつかった。
「土方?」
小首を傾げたその幼い仕草、それでいて知的な切れ長の瞳、品のある顔立ち。そしてその外観からは想像もつかないような強い精神力に頑固な性格。
ああやっぱり好きだ、切なく苦しくなりながら土方はそう思う。
入学当時はぶつかることも多かったけど、3年が過ぎ、気付くと全てに惹かれていた。
海や空に叫ぶのではなく、桂に向かってちゃんと言わねば、伝わらない。
「どうした、気分でも悪いのか」
頭を抱えたまま固まっていた土方を怪訝に思い、桂が背中をさすろうとする。
「...いや...そうじゃねェ」
一度奈落に落ちて吹っ切れたのか、しっかりした口調で土方は桂のほうに向き直った。
「桂、」
両肩を抱き、初めてその瞳を正面から見つめる。今度こそ目を逸らさないように、気合を入れて。
緊張を落ち着けるように喉を鳴らし、ゆっくりゆっくり、顔を近づけて。
「俺はお前が、好き、なんだ。」
少し声が上擦ってしまったのは仕方ない。それでもその眼をまっすぐに見て、肩を抱く手に力を込める。桂の瞳が驚いたように見開いた。
そして初めて、くちびるを重ねようとした、そのとき。

カコーン、
ゴツン。
「痛ッ!」

土方の後頭部に勢いよく空き缶がぶつかり、口付けは寸でのところで阻止される。
「誰だ、チクショー!」
辺りを見回すと、丘の下に見知った黒い影。
「帰るぞ、小太郎」
地の底から響いてくるような声とともに、全身から不機嫌を滲ませた男がこちらに登ってきた。
「晋助、空き缶は蹴るなと言っているだろう!拾ってゴミ箱に入れろ」
「うるせェこのバカ!いいから帰るぞ」
「バカじゃない桂だ!あっコラ、空き缶をちゃんと拾え!」
「んなもんほっとけ!とにかく帰るぞ、いいな!」
嵐のような二人のやりとりにしばし茫然としていた土方だが、はっと我に返って桂を見る。そのときにはすでに高杉が桂の手首を掴み、丘を下ろうとしているところだった。
「すまんな土方、話はまた今度!こら晋助聞いているのか、空き缶はリサイクルのためにもだな」
「うるせェ、このバカ!バカコタ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、桂の姿がどんどん遠くなっていく。
一人残された土方は、ゆっくりとその場に膝を付いた。

※この作品は性描写があります。18歳未満の方はお戻り下さい。
18歳以上の方は自己責任でご閲覧下さい。

「...で、昨日はどうしたって?学級委員長」
6月27日、放課後。校舎の隅の図書準備室。
本がうず高く積まれ薄暗くひんやりとした部屋の奥、机にだらしなく片肘を付いた教師と、その脇にうなだれて立っている生徒が一人。
「...すみま、せん...」
消え入りそうな声で答える教え子の顔を、銀八は意地悪く覗きこんだ。
「どーして無断欠席なんかしたの?先生の目ェ見て、言ってごらん」
バカがつくほど生真面目なこの生徒は、昨日の無断欠席を問われ、嘘もつけずにうつむいている。小さく縮こまった肩は微かに震えていて、たかがたった一回のズル休みを心から申し訳なく思っているようだった。
まったく、そういうところが普段ならば可愛いのだけど、今日ばかりは銀八も心穏やかではない。うつむいた顔を隠すように流れる黒髪をかき上げて、銀八は教え子の目をじっと問うように見つめた。
「......ごめんなさい...」
しばらくの沈黙の後、後ろめたそうに視線を逸らし、桂はやっとのことで声を絞り出す。その台詞の可愛らしさに思わずこみ上げたよからぬ衝動を抑えつつ、銀八はゆっくりと質問を続けた。
「答えられないってことは、どーゆーことなのかな、ヅラくん?」
適当にごまかせばよいものを、真っ直ぐで嘘をつくことを知らないこの教え子は、不本意な呼び名を訂正する余裕もなく、青ざめた顔ですみませんを繰り返す。ズボンの横で握られた拳は小さく震えていて、ついついいじめたくなってしまう。
「先生に言えないようなコトでもしてたのか?」
わざと厳しい声色で言うと、桂は一瞬泣きそうな顔をして担任教師を見た。若く柔らかそうなくちびるが、本当のことを言えない苦しさに震えている。ぎゅうと抱きしめたい気持ちを大人の自制心で抑えながら、銀八は桂の肩にどっかりと掌を乗せた。
「...最近お前、ちょっとおかしいぞ」
いつも射抜かれるんじゃないかと思うくらいまっすぐな眼で黒板と教科書と教師を見ていた生徒が、窓の外を見てぼうっとしていたり、時にはうとうとしていたり。遅刻だってしたことないくせに、突然無断欠席をしたり。
「どうしたんだ、ヅラ?」
声を少し和らげて、銀八は教え子の潤んだ瞳を覗きこんだ。
放課後、いつもお前を連れていく奴のせいか?
喉まで出かけたその問いは、しかしなぜか口にすることができずに飲み込む。
「...すみま、せん、先生...」
桂は罪悪感でいっぱいの顔をして、ただ同じ言葉を繰り返した。生真面目なくちびるは薄く震えていて、今にも泣き出しそうだ。
これ以上問い詰めても何も引き出せないと判断した銀八はふうとため息をつき、桂の頭を乱暴にかき混ぜた。
「わわ、」
「とにかく今日は居残りだ。罰として、史料整理を手伝うこと」
「...ハイ...」
長い睫毛を伏せて頷いたその首筋に、小さく鬱血した痕を見つけたような気がして、銀八は思わず目を逸らした。

 

 

「オイオイそこの君、ここは駐輪禁止ですよコノヤロー?」
大きなバイクの横で校門の塀に凭れ、腕組をしている高校生。私立のブレザーに身を包み耳に大きなヘッドホンをあてたその生徒は、白衣のポケットに手を突っ込んで気だるく近寄ってきた教師を関心なさげに一瞥した。
「...人を待っているだけだ」
「困るんだけどねー、校門の前でこんな待ち伏せされても」
言いながら黒いバイクの座席に手を置く。その手をぞんざいに払いのけ、他校生は銀八に冷ややかな視線を送った。
「人のものに勝手に触るな。礼儀を知らぬ教師だ」
「ヘッドホン付けて話す奴に礼儀を言われたくはねェな」
一瞬のうちに火花が交錯する。
「...教師のくせに、随分な言葉遣いだな。どこで待とうと俺の自由だ、干渉しないでもらおう」
「ヅラなら今日は居残りだ。残念だったな、遅くならないうちにさっさと帰んなさい」
「ならば余計に帰るわけにはいかんな。教師の嫌がらせにさぞ疲れていることだろう」
「ンだと?」
思わず声を荒げた銀八とは対照的に、その生徒は冷静に言葉を続けた。
「とにかく、貴様には関係ないことだ...。他校生に絡む暇があったら、桂を早く返してもらおうか」
「そっちこそ、うちの桂くんにあんまちょっかい出さないでくれる?はっきり言って大迷惑なんですけど」
抑えたトーンだが、どこか怒りの滲んだ声。しかしそれに怯むことなく、他校生は落ち着いて言葉を返す。
「随分な物言いだな。桂は別に貴様の所有物ではあるまい」
核心をついた言葉に、ぐ、と銀八の喉が詰まる。
「それとも、優等生が優等生でなくなっては困る、とでも?」
「そんなんじゃねぇ!」
思わず胸ぐらを掴んだ銀八に、ブレザー姿の高校生は余裕の表情で言葉を続けた。
「では、余計な口を出さないでもらおう。校外でどんな付き合いをしようと俺達の自由だ」
「...若造が、言うじゃねェか」
吐き捨てるように言い、銀八は掴んだ手をおもむろに離した。
「とにかく、今日は桂は俺が送ってくから。キミは早く帰んなさい」
ぎろりとした視線と共に言い捨て、銀八は校舎の方へ戻っていく。
いつも話に聞かされる教師の後姿を眺めながら、その他校生は口元にゆっくりと勝者の笑みを浮かべた。

 



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