1.
その日も空は、よく晴れていた。
桂は庭に面した障子を開け放ち、冬独特の澄み切った空気を部屋の中に迎え入れた。
すい、と上半身をはだけ、背に巻かれた包帯をほどく。紅桜につけられたその傷は未だ痛々しい。身を清めるように、桂はしばらく冷たい空気の中に白い身体を浸した。
先日の高杉一派との衝突は、桂の陣営にも被害は大きかった。負傷者の治療の手配や薬の準備、療養場の確保などで奔走し、この1週間ほとんど休んでいない。
高杉一派との衝突は真選組にも知れているだろう。負傷者が療養中に拿捕されることのないように、万全の体制を整える必要があった。
桂の傷も本来なら安静を要するものだが、党が大変なときに寝込んでいるわけにはいかない。否、じっとしているとどうしても気が沈む。余計な思いを振り払うためにも、動いていたかった。
銀時が耐える憎しみ、高杉が抱く苦しみ、そのどちらも、誰より深く理解しているのは桂。
それだけに、やりきれない思いが胸を刺す。
「ずいぶん遠くへ、離れてしまったものだな...」
ここ数日胸にある言葉を、桂は再び呟いた。
「ちはー」
ふいに、縁側から銀髪が顔を覗かせた。
「...て、ずいぶん大胆なカッコしてんなオイ」
はだけられた桂の上半身に、銀時はひゅっと口笛を吹く。傷を隠すようにすっと着物を調え、桂は真昼の侵入者の方に向き直った。
「猫か貴様は。何用だ、玄関から入りなおして来い」
「まぁまぁ、硬いこと言うなや」
ひょいと、片手の菓子袋を持ち上げて見せる。
「これで、しばらくかくまってくれ」
「かくまう? さては貴様、借金取りにでも追われているか」
「ちげーよアレだ、うちのガキどもが寝てろってうるさいから逃げてきた」
「子供らに余計な心配をかけるな。まだ本調子ではあるまい、あれだけの深手を負ったのだからな」
形のいい眉をぎゅっと寄せ説教モードに入ろうとする桂をまあまあとなだめつつ、よっこらしょっと部屋に上がり込む。
「銀さんはいい子にして寝てたからね、もう元気100倍なんですー。ヅラ君と違って」
畳の上に散る血の滲んだ包帯を手に取り、銀時は顔をしかめた。
「...お前、ちゃんと手当てしてんのか?」
「これくらい自分で何とでもなる。心配は無用だ」
包帯を奪い返そうと桂が手を伸ばす。それをひらっとかわし、
「ちょっと見せてみろ」
襟元を掴み、半ば強引に白い上半身を露にさせた。
桂はもともとあまり器用ではない上に、背中の傷だ。自分で手当てをするのにも限界がある。その上、ここ1週間動き通しだったのだ。これでは治るものも治らない。
「うわ、お前コレ...ひでぇぞ」
久しぶりに触れた桂の肌は熱い。傷が熱を持っているようだ。
「何やってんだ、このバカ」
銀時に背を向けていた桂が、わっと振り向いて真顔で言う。
「バカじゃない桂だ」
「はいはい、いいからじっとしてろ」
2.
傷を湯と清潔な布できれいに拭いてやり、なるべく沁みないようそっと消毒液をひたす。
桂は観念したのか、大人しく身を任せていた。
丁寧に薬を塗り、新しい包帯をきっちりと巻く。ほらできあがり、と着物を整えてやると、ようやく人心地ついたのか、桂がほぅっとため息をついた。
「...ありがとう。すまない」
頬に伏せた睫毛の影が落ちる。今日の桂は珍しく素直だ。
短くなった髪のせいで、白い首筋がよく見える。その姿が痛々しく、銀時は急な不安に襲われた。
背中から抱きしめ、首筋に顔を埋める。上半身を晒していたためか、触れた肌はずいぶん冷たい。
「...銀、時?」
突然無言になった銀時に、桂は戸惑いの声を向けた。
問いかけても返事がない。しばらく後、桂は何か悟ったようにふっと身体の力を抜き、銀時に己を預けた。
(...あたたかい)
自分を背から包むぬくもりに、冷えた身体と張り詰め続けていた神経が少しずつほぐされていくのを感じる。抱きしめる腕に自分の手を添え、ふと銀時を見上げたとき、視線がぶつかった。
しばらく時が止まる。
やがてどちらともなく、吸い込まれるようにくちびるを重ね合わせた。
はじめは戯れるように。おそるおそる、やわらかな粘膜を触れ合わせ、ゆっくりと温度を確かめ合う。
やがて銀時の舌が侵入し、
「......は、」
ふいにこぼれる桂の吐息。
銀時の身体に熱い痺れが走った。
桂の短くなった髪を、所有権を強調したくて必死に指に絡める。
露わになった首筋を、貪るように激しく、何度も吸い付き、舐め上げる。
薬の匂いのする身体を繰り返しなぜ、抱きしめ、舌は首筋から耳朶へ、襟元へ。
首筋に、鎖骨に、銀時の舌が激しく絡み付いてくる。
身体の奥から、ぞわぞわと熱い感覚がこみ上げて。
「は・・ぁ・・」
快感が桂の口をついて出る。
その甘さを味わうように、銀時は再び口付けながら、たどたどしく桂の掌を開き、自分の掌をそこに合わせる。互いに指先を触れ合わせ、戯れながらじっとりと絡め合う。
原始的な感覚が、身体の芯を疼かせる。
互いに重傷を負っている。身体に負担はかけられない。
それを共にわかっていて、それでも共に離れがたくて、
くちびるで、指先で、互いの湿度を確かめ合う。
「は...っ」
桂の息がすっかり上がったところでくちびるを開放し、額と額をくっつけ合わせた。
焦点のぼやけた瞳が間近にある。
「...なぁ、ヅラ」
「ヅラじゃ・・」
ない、と言いかけた口を軽い口付けで封じ、
「...少しだけしても、い?」
ぐ、と桂を抱きしめる腕に力が入る。
「お前は動かさねーから」
耳元で響く、熱を帯びた声。一瞬、身体がじんとする。
「...貴様、先日死にかけたばかりだろう...。いい子にしてるんじゃなかったのか」
銀時の首元に顔をうずめたまま、桂が優しく穏やかな声で答える。
「いい子はもうやめだ...。銀さんはダメな大人に戻ります」
銀時のくちびるが、桂の耳をくすぐるように愛撫する。
ふ、と桂は目を細め、銀時の頬に手をやった。そのまま首筋、胸元、腹、となぞり、腹部の傷を服の上から慈しむように数度撫で、
「バカ者」
傷口を狙いドスッと殴る。
「ウガアアアァァ!!何してくれんのコレ!出る!銀さんの内臓が出るよコレ!」
「もうしばらくいい子にしているんだな。これが完治したら出直して来い」
さっきまでぼうっとしていたくせに、憎たらしい台詞を吐く。
「俺はこれから党の負傷者の巡回に行く。家にいづらいのならばしばらくここで寝ていろ」
そう言って桂は着衣の乱れをさっさと整え、銀時を振りほどいて立ち上がった。そのしゃんとした佇まいに、無性に腹が立つ。
「てめ...!」
桂の袖をぐっと引く。
「なっ...」
突然のことに驚き、バランスを失った桂をがばっと抱きとめる。そのまま畳に転がった。
「何をする!離さんか」
「てめーが寝てろっつの。そんなんだから傷が塞がんねーんだ」
もがく桂を羽交い絞めにする。
「銀さん今日はいい子にしてるから、ヅラもいい子にして寝てろ。じゃなきゃ襲う」
無茶苦茶なことを言う。
「お前が早く完治してくれるほうが、党の奴らも喜ぶって。な?」
身体を押さえつける力とは裏腹に、なだめるような、優しい口調。耳元で囁かれ、桂は抵抗を諦めた。
「...わかった」
小声で負けを認める。確かに、ここのところ全くといっていいほど休んでいない。銀時に緩められた身体が、思った以上に休息を必要としていることにようやく気づく。
「よしよし。銀さんがいっしょに寝てやるからな」
力を抜き銀時に身を任せると、いいこいいこ、と頭をなでられた。
その手があまりに心地よく、桂はそっと目を閉じた。