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綺麗だ、と、ただ少年のようにそう思った。



 

 

それはあるオフの日の夕暮れ。通りすがった公園の入り口に灰皿が置いてあるのを見つけ、土方は何気なくそこへ立ち寄った。

かぶき町の外れにあるせいか、またはもう薄暗くなり始めているせいか。そこで遊ぶ者の気配はほとんどない。ただ奥の片隅にあるブランコがキーキーと音を立てていて、土方は何の気なしにそちらへ視線を遣った。

偶然というのは恐ろしいものだ。古いブランコに腰掛けていたのは、この国がずっと追い続けている人物の姿であった。

(...桂...!!)

予期せぬ遭遇に瞬時に緊張が走る。こちらに気付かれる前にさっと茂みに身を隠し、土方は毛羽立つ気配をどうにか鎮めた。

周囲に桂一派の姿はない。こちらも非番で、隊士はいない。

攘夷党党首と真選組副長の、完全なる一対一。

こんな好機はめったにない、そんな思いとは裏腹に、刀の柄に手を掛けたまま鼓動はどんどん高くなっていく。

(一人で...やれるか...?)

逸る呼吸を落ち着けながら、次に取るべき行動を思案する。ここのところ派手な動きのない桂の姿を、そもそも真選組が捉えたこと自体久しぶりだった。無線機も携帯も持ってきていなかったことを歯噛みしつつ、土方は自分と桂の間合いを目算する。

桂に剣が届くまで、およそ七歩半。

この距離では茂みから飛び出した途端に逃げられてしまう。しばらくこのまま様子を窺い、桂が立ち上がる瞬間を狙って斬りかかるのがおそらく最良の手。

焦りを抑えてどうにかその結論に辿り着き、土方は改めて待ちの体勢を取る。

当の桂は土方の緊迫感などまるで関係ないかのように、ふわふわとブランコに揺られている。斜陽に照らされたその横顔は陶人形のように整い、憂いがちに伏せられた睫毛は頬に影を落とすほどに長い。

手配書では何度も目にした事はある。が、実物をじっくりと見るのは初めてだった。

(こういう奴、だったか...?)

爆風の中いつも慌しく追う背と、今落ち着いて見る秀麗な横顔が、同一人物のものだとはどうにも符合しにくい。テロ行為を行っていたときの激しさや真選組と対峙するときに見せる氷のような覇気は今は形を潜めており、深い水を湛えたような静かさで、ブランコにそっと揺られている。

鎖をきゅっと握りしめる指は細く、きちんと揃えられたつま先は足袋に包まれていて、少しだけ覗き見える足首は陶のようにたおやかだった。

(......拍子抜けするぜ)

刀にやった手を握り直し、惹き込まれかけた意識を取り戻すように頭を振る。

ふと鎖の軋む音が大きくなり、土方は慌てて視線をブランコに戻した。

キイー、キイー、古い鎖の音が響く。視線の先のテロリストはピンと伸ばしたつま先を揃え、憂いを帯びた表情のまま、勢いよくブランコを漕ぎ出していた。

いい大人が何をやっているのかと思う前に、土方の視線はブランコの揺れに合わせてたなびく髪に釘付けになる。

黒く豊かなその絹は、さらりと後ろに流れて耳と首筋が白く露わになったかと思えば、すぐにそれらを包み隠すようにふぁさりと前に流れる。そして再び露わになるくっきりと澄んだ肌、かと思うとすぐに白さを遮る黒髪。

ブランコが前に後ろに揺れるたび繰り返されるそのコントラストに、土方は立場を忘れて見呆けてしまう。髪が後ろに流れた瞬間覗くうなじは白くなめらかで、思わず手を伸ばしたくなる衝動を慌てて自制した。

(クソ...いい年してブランコなんか乗ってんじゃねーよ)

内心毒づいてみるが、それは何の役にも立たない。

こんなものは、正直今まで見たことがなかった。

自分もかつては伸ばした髪を結っていたが、同じ長髪とは思えないほど、桂のそれはなめらかに麗らかに舞い、冴えた輪郭を包んでは露わにする。

キイ、キイ、規則的な音と、視界を左右に揺れるその姿。

美しいものに心奪われる寓話の少年のように、あるいは催眠にかけられた愚民のように、土方はただその姿に惹き込まれていた。

 

どれほど時が経っただろうか。

ふいに、桂が動きを止める。

 

(......、クソっ)

土方ははっと我に返った。瞬時に自分の意識が呆けていたことを恥じる。

この状況と己が立場を確認するようにギリリと歯を噛み締め、桂への敵対心を呼び起こしたところで、再び視線を桂に定めた。

あたりはすっかり暗くなり、公園の外灯と月明かりが桂の姿を浮かび上がらせている。

その光景はどこか幻想的で、ともするとまた意識を奪われそうになるのを抑え込みながら、土方は桂の次の行動を見定めようと目を細めた。

ブランコを漕ぐのをやめた桂は鎖に手を添えたまま、静かに地面を見つめている。

そして、はらりと一筋、頬を伝う雫。

 

(...泣いた...!)

 

ドキンッ、土方の心臓がこれまでないほどに鳴った。

憂いを帯びた長い睫毛に、細かく震える口唇。美しく伝う涙。

見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさと、誰も知らない顔を知っているかのような優越感と。

ドキン、ドキン、鼓動がどうにも止まらない。

狂乱の貴公子と呼ばれ、指名手配として追われ、朝に夕に命を狙われながら、この国の理不尽に真っ向から挑み続ける者。攘夷戦争におけるその甚大な働きと、現在における、攘夷浪士はおろか民衆にまで及ぼす影響力は計り知れず、土方にとっては怪物のようにすら思えていた忌々しい相手。

だが流れ伝った涙は、土方に桂も一人の人間であることを思い起こさせた。

無防備なその頬は、思わず手を伸ばして拭ってやりたくなるような、妙な疼きを胸に抱かせる。

(......畜生、何なんだ)

何なんだ、この感覚は。

背徳的なような、危険なような、しかし強く惹き付けられているような。

静かに涙を流すその横顔は、有体に言えば、

色っぽい、

そう思った。

どうしよう、ゾクゾクが、止まらない。

 

 

 

 

(.........・・アレ.........・・?)

次に土方が意識を取り戻したとき、まず目に映ったのは白く光る月だった。

2、3度瞬きをして、背中に感じる冷たい感触が地面のものだと次第に理解し、ああ自分は眠っていたのかとぼんやり思う。しかしなぜこんなところで眠る破目になったのか、何か大事なことをしていたような......

「...っ、桂ァァァ!!!」

叫んでがばりと飛び起きる。だがそこにはもう指名手配犯の姿はなかった。

逃げられたのだ。またしても。

「............畜生ォォォ!」

土方は一吼えし、くいと掴んだ石を投げる。石はブランコの柱にカコンと当たり、ぽとりと虚しく地に落ちた。

「あの野郎、次こそ絶対捕まえてやる...」

苦々しげに煙草を加え、カチリと火を点ける。ふうと煙を吐いて空を見上げると、高く上った月が静かに皓さを放っていた。

「絶対俺が、この手で捕まえてみせる...。見てやがれ、テロリスト」

 

 

 *



 

『それでどうやって幕府の犬を巻いたんですか、桂さん』

「何のことはない、催眠香を焚いただけだ。分量を少々間違えてな、煙が目に染みて参った。おかげで黒蠅はあっさり落ちたがな」

『桂さんは眠くならなかったんですか?』

「簡単だ、煙を吸わねばよい。即効性があるからな、土方が目を回すまでの間くらい息を止めていられるのだよ。さてエリザベス、寝物語もこのくらいにしようか。もう夜も遅い」

『はい、桂さん。おやすみなさい』

「うむ。おやすみ、エリザベス」

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「こりゃまた、随分と思い切ったイメチェンやのー」
サングラスを外して開口一番、その男は短髪の桂を前にからからと笑った。
「貴様、人の髪型を見て笑うとは何事だ」
「いや、かわええよ。気に入らんのならまた伸ばせばいいき」
何がそんなに楽しいのかと思うくらいの明るい口調で、坂本は桂をがばりと腕に収める。
「傷によう効く薬を持ってきたけの、風呂上りに塗るとええよ」
「......さすが、耳が早いな」
紅桜の一件は、無論坂本の耳にも入っているだろう。一瞬しらを切ろうかとも思ったが、快援隊の情報網は宇宙規模だ。観念した桂は腕の中でそっとため息をついた。
「のうヅラ、湯治を兼ねて、しばらくワシんとこに来んか?勿論エリザベスも連れてきてえいぞ」
のんびりと髪を撫でながら、底抜けに明るい、そしてどこか慈しみを含んだ声で坂本が言う。
この男はいつもそうだ。傷に直接触れるようなことは何も言わず、痛みや悲しみごと全部包むような慰め方をする。
「党が大変なときだ。皆を放っておいて自分だけ休んでいるわけにはいかぬ」
「ほうか...。残念じゃの」
その頑なな答えを最初から予想していたのか、坂本はあっさりと折れた。労わるように髪を撫でていた手で桂の後頭部を包み、自分の肩口に寄せる。
「...のう、ヅラ?」
「ヅラじゃない」
「ワシぁ、おんしが泣くところはあまり見たくないんじゃが」
桂の身体をがっしりと抱き寄せて、坂本がゆっくりと呟く。
「泣きたいときには、泣いてほしいとも思っちょる」
「ああ、分かっている」
桂もまた、穏やかに応える。
「だが大丈夫だ、何も心配はいらん。高杉は俺が必ず止める。お前は安心して宇宙を航海しておれば良い」
そう言う声は、優しく力強い。自分が地上に捨て置いてきたものの重さと桂の背負うものの大きさを改めて思い、坂本は何も言わずにその小さな頭をゆっくりと撫でた。

プラトニックな関係は、もう卒業、したいんだけど。


『好きだ』
それはもう半年以上も前のこと。
夏の終わりの夕暮れに、海に向かって力の限り叫んだ自分と、隣で少し頬を染め、ややあってゆっくり頷いた桂と。
想いは通じたはずだけど、きりりと凛々しい瞳に声にいつもどこか気後れし、強引に奪うことも押し倒すこともできないまま、未だ友人同然の関係で現在に至る。
桂の傍にはいつも目つきの悪い幼馴染がいて、桂はそいつの勉強を看るのにかかりっきりになっていたし、自分は自分で大抵剣道部の連中に囲まれていたから、学校で二人になれることなどまずないと言ってよかった。
ただ一度だけ、陽の傾いた放課後の教室で、二人きりになったことがある。
普段触れられない反動もあり、そこが教室だということも忘れて桂の腕を抱き寄せて、その口唇を奪おうとした、けれど。
『今俺達のなすべきことは、そんなことではないだろう』。参考書片手にすげなく言われ、文字通り玉砕。
このときほど受験生の身分を呪ったことはなかった。


そして、春がやってくる。
卒業までにキス、したかった。どうしても。


「桂。話がある」
卒業式前の登校日。昼までで終わった授業の後、桂が帰ってしまう前に意を決して声をかけ、半ば強引に腕を引き学校の裏の丘まで連れて来た。桂はどこかきょとんとした表情で、それでも俺に引かれるままについてくる。
丘の上まで登り、少し乱れた息を整え、意を決した俺は改めて桂に向き直った。
「...桂、」
名を呼ぶ声は、少し掠れてしまう。顔を上げると黒い瞳がこちらをまっすぐ見つめていて、俺は思わず視線を宙に泳がせた。
二人きりという状況と、これから自分がしようとすることと、あまりの鼓動の高鳴りに、もはや桂を正視できない。それでも想いは募るばかり。ああ、くそったれ。
覚悟を決めた俺は桂から一歩離れ、ごくりと喉を湿らせて、力の限り、空に叫んだ。

好きだ、好きなんだ。大好きだ。

全身全霊で想いを吐き出し、その勢いで細い身体にがばりと抱き付く。ふわり、髪の匂いが揺れた。
どこかで鳥の鳴く声と、まだ少し冷たい風、やわらかく射す太陽。

しばし沈黙が続き、少し不安になって腕の力を緩めると、桂の真摯な表情と視線がぶつかった。
「土方、」
桂は抱きつかれたまま、そっと口を開く。ドキン、心臓が鳴った。
桂はしばし俺を見つめ、やがて信じ難い言葉を紡いだ。

「貴様が海と空が好きなのは分かった。だが、俺に抱きついてどうする」

そう言う表情は、しごく真面目。
土方は世界が足元から崩れ落ちるような感覚に襲われた。

(あああああそうか...夏の告白からしてまっっったく伝わっていなかったのか...)
好きだと叫んだからと言って、一体どこの世界に海や空に告白をする人間がいるというのか。桂の感覚がどこか普通と違っていることは分かっていたが、甘かった。
この半年の自分の悶々は一体全体何だったのだろう、泣きたい気持ちになりながらチラリと桂を見遣ると、こちらを心配げに覗く視線とぶつかった。
「土方?」
小首を傾げたその幼い仕草、それでいて知的な切れ長の瞳、品のある顔立ち。そしてその外観からは想像もつかないような強い精神力に頑固な性格。
ああやっぱり好きだ、切なく苦しくなりながら土方はそう思う。
入学当時はぶつかることも多かったけど、3年が過ぎ、気付くと全てに惹かれていた。
海や空に叫ぶのではなく、桂に向かってちゃんと言わねば、伝わらない。
「どうした、気分でも悪いのか」
頭を抱えたまま固まっていた土方を怪訝に思い、桂が背中をさすろうとする。
「...いや...そうじゃねェ」
一度奈落に落ちて吹っ切れたのか、しっかりした口調で土方は桂のほうに向き直った。
「桂、」
両肩を抱き、初めてその瞳を正面から見つめる。今度こそ目を逸らさないように、気合を入れて。
緊張を落ち着けるように喉を鳴らし、ゆっくりゆっくり、顔を近づけて。
「俺はお前が、好き、なんだ。」
少し声が上擦ってしまったのは仕方ない。それでもその眼をまっすぐに見て、肩を抱く手に力を込める。桂の瞳が驚いたように見開いた。
そして初めて、くちびるを重ねようとした、そのとき。

カコーン、
ゴツン。
「痛ッ!」

土方の後頭部に勢いよく空き缶がぶつかり、口付けは寸でのところで阻止される。
「誰だ、チクショー!」
辺りを見回すと、丘の下に見知った黒い影。
「帰るぞ、小太郎」
地の底から響いてくるような声とともに、全身から不機嫌を滲ませた男がこちらに登ってきた。
「晋助、空き缶は蹴るなと言っているだろう!拾ってゴミ箱に入れろ」
「うるせェこのバカ!いいから帰るぞ」
「バカじゃない桂だ!あっコラ、空き缶をちゃんと拾え!」
「んなもんほっとけ!とにかく帰るぞ、いいな!」
嵐のような二人のやりとりにしばし茫然としていた土方だが、はっと我に返って桂を見る。そのときにはすでに高杉が桂の手首を掴み、丘を下ろうとしているところだった。
「すまんな土方、話はまた今度!こら晋助聞いているのか、空き缶はリサイクルのためにもだな」
「うるせェ、このバカ!バカコタ!」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、桂の姿がどんどん遠くなっていく。
一人残された土方は、ゆっくりとその場に膝を付いた。



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